昨年末に「人身取引対策行動計画」が閣議決定されたが、「スマトラ沖地震」や「NHKと朝日新聞の論争」「フジテレビとライブドアの対決」などのメディアでの賑わいに圧倒され、その後の動向は衆目にとまらなかったのではないだろうか。 しかし、いよいよ、その人身取引対策の第1弾として、入管法の「興業」における許可基準の一部省令改正が3月15日より施行される。


改正内容は、「興行」の在留資格で上陸しようとする外国人が、その従事しようとする活動について、「外国の国若しくは地方公共団体又はこれらに準ずる公私の機関が認定した資格を有すること」としている規定を削除するものだ。この一文を読むだけでは、それが一体どう「人身取引対策」に繋がるのか、一般読者には理解出来ないと思う。 外国人歌手やダンサー向けの「興行ビザ」の発給を受けて入国した外国人女性が、クラブやバーなどの風俗営業店でホステスとして働いたり(資格外活動)、売春を強要されたりしていることから、入管法の「興行」の在留資格が「人身売買の隠れみの」に悪用されていると指摘されている。

 「興行」の在留資格で入国した外国人は年間約13万人で、その内の約6割の8万人近くをフィリピン人が占めている(2003年現在)。今まで法務省入国管理局は、フィリピン人が興行の在留資格を取得するうえで、フィリピン政府の監督官庁が認定した資格証明(Artist Record Book)を資格審査の基準としてきた。今回の省令改正の本旨は、今後はそのような外国の公私の機関が認定した資格を審査基準とせず、「我が国で行おうとする興行に係る活動について2年以上の外国における経験を有する者又は外国の教育機関において興行に係る活動について2年以上の教育を受けた者」とする一般規定を適用する、ということである。



 こうして、政府は、外国人芸能人の資格審査を厳格化することを「人身取引撲滅対策」の1つとしているのだ。  改正前の規定の対象国はフィリピンと韓国であったが、韓国が短期滞在の査証免除国となって以来、同規定の対象国はフィリピンだけとなった。そのために、大手メディアもあまり取り扱わなかったのかもしれない。


しかし、今回の改正で大きな影響を受けるのは、日比の業界関係者のみならず、今日まで日本でエンタテナーとして働き、その収入で家族を支えてきたフィリピン女性や、今日までの制度で「興業」の資格取得を目指してきたエンタテナー予備軍の女性達だろう。更には、フィリピン人女性と結婚している日本人家族、または招聘事業者まで、フィリピン人芸能人=入管法違反者=売春=人身売買関係者というよな偏見に晒される影響などを考えると、経済的のみならず「人権」に対してもあまりにも配慮の無い施策ではないだろうか。 「人身取引撲滅対策」の1つとして、入出国管局は今回の省令改正に当たりパブリックコメントを開き一般の意見を募集した。私は、反対意見を提出する一方で、JANJANの記事投稿で何度か問題提起もしてきた。 パブリックコメントの結果は、賛成65件、反対1924件、その他139件であったが、入管側は反対意見への反論のみに終始して、本改正を実施する旨を告げていた。納得は出来ないものの、本改正の施行までには、影響も大きいフィリピンに対しては何らかの経過措置ないし代替策が提示されると思っていた。


 しかし、施行間近にした2月28日の『朝日新聞』の社会面に掲載された「『入管行政は弱腰』 興行ビザ問題で東京入管局長が指摘」、という記事を読んで驚いた。更に、『週刊朝日』3月11号で掲載の「人身売買の温床にはメスを入れる」現職局長が初めて語った入管行政の闇の部分を読んで、驚きというより怒りすらおぼえた。 まず、『朝日新聞』は何を意図して同記事を掲載したかは分からないが、坂中英徳東京入管局長がインタビューに応じて「業界や政治家の圧力で入管行政が弱腰になった」と述べている。「政治家の圧力」に対する関心からだろうか。 何れにせよ、坂中局長は、入国した外国人女性が実際には資格外のホステスになっている実態を指摘して「興行資格での入国は事実上、外国人ホステスの調達手段で、時には劣悪な条件下の労働や売春まで強いるものになり果てている。これを政府も長年、放置してきた」と述べた。結果として「国際社会から『人身売買王国』と批判される事態を招き、現場責任者として責任を痛感している」と結んでいる。


 更に『週刊朝日』では、内容が長文にわたるので、私なりに要約すると、「興行の世界」では1995年頃まで業界、政界、行政のなれ合いが続いており、興行の資格で入国してきた外国人女性が、実際はホステスとして働かされていることは、ある意味では業界の「常識」だった。同氏は、そのような、法律違反か積行する「興業の世界」にどんな逆風がふけどもメスを入れようと決心したと述べている。又、坂中氏は、本人が披瀝しているように、「興行」の実態を過去のアジアへの日本男性の売春ツアーの国内版ととらえているようだ。 法務省入国管理局、入国在留課長に就任した95年に全国の入国管理局に実態調査班を作り、本人が陣頭指揮をとって「任意」で調査にのりだした。その結果、調査対象となった444店のうちで9割以上の412店でホステス行為などの不法行為が発見された。本人指揮の調査と招聘業者への審査強化の効果によって、94年には9万人であった「興業」による入国者数が95年には5万9千人、翌96年には5万5千人までに減少した。


しかし、本人が仙台入管局に配転になり、課長ポストから外れた後、業界や政治家からの圧力があったのか、東京入国管理局長に付いた2002年には12万人までに増えていた。そこで再び2004年7月に東京入国管理局に人身売買防止策の一環として、興行入国者の追跡調査チームを立ち上げ、徹底的に「出演先」を調査した結果、其処で見たものは興行入国者が露骨にホステス行為をやらされている光景であった。このような実態が「人身売買王国」という国際的批判を浴びる事態を招いたのであって、結論的には興行の許可基準を改正して、外国人芸能人の出演先から「風俗店」を除外するという思い切った措置をとるべきだと考えている、と主張している。

 先ず、両記事を読んで私が、驚きというか呆れたと言うか、怒りまで感じた点を列記したいと思う。

 1.坂中氏が指摘しているように、長年業界、政界、行政の癒着の下で、興行の資格で入国している外国人芸能人がホステス行為(接客行為)に従事していることは業界の常識だったのであれば、日本国内の事情に疎い外国人芸能人からすれば、其れが慣習上認められていると理解されるのは当たりまえである。坂中氏が嘆く今日の状況を作り出したのは行政側の怠慢によるものであって、同氏が政治家やヤクザ、業界の圧力があったからと言っても、それは怠慢逃れの言訳にしか聞こえない。仮に、それが「人身売買」の温床であるなら、先ず国内の制度から改善を行い、環境が整ってから外国への規制を図るのが日本国としてとるべき姿勢であるはずだ。 

2.フィリピンパブや外国人ホステスが働くクラブを海外売春ツアーの国内版として見なしているようだが、入管で認定した「出演店」のなかで、売春を行っている店はどれだけあるのだろうか、明確な統計数値を提示願いたいものだ。私もフィリピンクラブが好きになって、入管で出演店に登録されたフィリピンクラブに50軒以上は行ったと思うが、幸か不幸か買春出来た経験はない。95年の任意の調査で444店のうち9割以上が接客行為などの不法行為が発見されたと書かれているが、そのうち売春等の人身売買該当行為に当たる件数はどれだけあったのかも不明瞭である。 

3.任意で調査したとなっているが、入国管理局には「強制立入り捜査」の権限が与えられていないためなのか?その結果得た情報を元に芸能人招聘業者の申請を受け付けないなり出演店の認定を取り消しても、行政官としての裁量権限の内と理解すべきなのか? 更に、「短期滞在」または他の資格で入国してきた外国人女性の多くがクラブや飲食店で働いているが、其れも入管法の資格外活動に該当するはずだ。其れを調査し「興業」と比べたことがあるのか、興行より遥かに多い人数であるはずだ。また、この短期滞在者が関わった犯罪事例の方が遥かに多いはずだが、何故公表しないのか。国別、資格別、法令違反別に情報を公表すべきであると思う。そうすれば、「興行」で合法的に入国したフィリピン人が、資格外活動を除けば、如何に売春等の刑事事件を犯し又は被害にあった事例が少ないか一般の人達にも分かるはずだ。  

4.「興行」の実態によって「人身売買王国」という国際批判を浴びる事態を招いた責任を痛感すると言っているが、この国際批判に反論することは出来ないのか。昨年6月に公表されたアメリカ国務省から「人身売買監視対象国」にフィリピン共々指定を受けたことを理由に、「人身売買大国」と自国を卑下しているようだが、アメリカ国務省の報告書の原文を読んだことがあるのだろうか。在アメリカ日本大使館が翻訳したなかに、NGOグループからの事例紹介とあわせて、あるNGOが提出した文章として「例えば、日本が、2003年に5万5000件の芸能ビザをフィリピンの女性に発給したことが報告されている。これらの女性の多くが人身売買の犠牲になっていると思われる。・・・・・・」が載っているが、国務省の原文では、フィリピンとの興行の取り扱いは人身売買として指摘されていない。何故なら、このNGOのレポート自体が推論だけで書かれているからである。
その点を入管の局長として反論できないのか。


 5.ホステス行為は社会悪なのだろうか、勿論、雇用や契約等でホステス行為を強要しているとなれば「人権」の侵害となろうが、日本人の芸能人志願者の中で高級クラブでのホステスで生活を立てている者も多いし、生活手段としてホステスを職業としている者も多い。また、大企業の幹部、政治家、著名人、多くの日本男子がナイトクラブに通い、馴染みのホステスとの談笑で日頃の憂さを晴らしたり、商談の場に使ったりしているではないか。
彼らの多くは決して売春を求めて通っているのではないと思う。米国人男性からすると、クラブでホステスと談笑するのに100ドルも200ドルも支払う日本人の行動は文化の違いから理解できず、その裏には買春などの暗部が隠されていると疑ったとしても自然ではある。しかし、ジャングルジムのような舞台の上で半裸の躍り子が客の欲情を誘うような酒場、娼婦達のたむろする所謂ゴーゴー・クラブをアジアに持ち込んだのは米国である。アジアの米軍基地の周りには必ず同様なクラブが建ち並び、売買春が半ば公然と行われている。そんな米国務省が日本にある外国人女性の働いているクラブを指して人身売買の温床などと批判する筈が無い。


 6.人身売買対策行動計画としては、今後刑法を含めた法改正があるようだが、国会の承認を必要としない省令改正をもって、何ら改善策または代替策を示さずフィリピン人エンターテナーを締め出すような改正は、十数年以上続いてきた商慣習を全く隠蔽し、余りにも坂中局長の意見に押された法務省の責任回避的な施策に思う。


 7.人身対策行動計画の策定にさいして、2004年4月に内閣官房副長官補(内政、外政)を議長として、警察庁生活安全局長、法務省刑事局長、法務省入国管理局長、外務省国際社会協力部長、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を構成員とする関係省庁連絡会議が組織され、4月5日、7月6日、10月12日に渡る3回の会合の末、12月7日に人身対策行動計画が閣議決定された。また、自民党では塩崎やすひさ議員が委員長を務める「人身取引・児童売春等対策特別委員会」のもとに、新たに「人身取引対策プロジェクトチームを設置し、森山真弓元法相が座長、塩崎議員が事務局長となってとりまとめているようだが、果して、この度の省令改正は坂中局長の週刊朝日に掲載されているような意見に賛同しての結果なのだろうか。
それとも、「政治家からの圧力」などとの脅しともとれる「官僚から圧力」に屈しての結果だったのか。いずれにしても、現行制度を細部に渡って検討した結果とは思えない。 結論から先に述べれば、何故に興行先での接客を一定限度認め、外国人芸能人が芸能技能を披露できるような大衆娯楽の場を提供出来るように、行政側も業界側も相手国の代表を交えて真剣に検討出来ないのだろうか。現行の「興業」の招聘に関する諸規定では、健全な招聘事業の運営は困難であり、脱法行為が起き易い法制上の欠陥もみられる。
更には当の芸能人の収入だけを聞いて搾取されているとの誤解を招く結果にもなっている。この件については、別紙で述べるとして、坂中局長の談話は、政治家や業界の軋轢で長年鬱積してきた恨み辛みを露呈した退職前の捨て台詞か、または、彼個人のホステスを営む外国人芸能人を日本から一掃したいとの念願が、米国からの外圧の助けを借りて、省令改正という形で達成出来た勝鬨としか聞こえない。 
そして、文末で人身売買の温床となっている「風俗店」を外国人芸能人の出演先から全て除外すべきだと主張しているが、今日まで入管局の指導に従って出演先としての設備を整え、「風俗営業許可」も取得し、フィリピン人エンタテナーを招いて「健全」に経営してきたショーパブなどの経営者の生活権に対する配慮は全く感じられない。行政と業界と政界の馴合いで入国管理局という組織が犯して来た過ちを指摘しておきながら、その組織の重責を担っている者として謝罪も謙虚さもなく、自分の判断には一点の瑕疵もないとする傲慢さは尋常ではないと感じるのは私だけであろうか。その様な組織の長に導かれてきた入管行政であるとしたら、今後にも大きな不安を感じる。


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